美細津仁志

「それはもう悲しそうな表情でした」。上毛電鉄で運転士を務めて十八年になる南雲洋和さんには忘れられない光景がある。 二〇一〇年春。南雲さんがワンマン列車を運転していると、東武鉄道の東京方面に接続する乗換駅「赤城駅」で、若い男女の中国人旅行客が乗り込んできた。間もなく「富士山下駅」に到着。下車する二人の切符を回収すると、片言の日本語で尋ねられた。「富士山はどこですか」。驚いた南雲さんは静岡、山梨両県にまたがる富士山の位置を説明。二人は落ち込んだ様子で折り返しの電車に乗り換え、赤城駅で降りていったという。 上毛電鉄によると、この数年、運転士が把握する限りで、欧米人やアジア人に同様の間違いが一年に少なくとも一件は起きている。富士山下駅前のレストラン「ていしゃば」にも三年ほど前、富士山が見えると思い込んだ中国人の女性観光客が東京方面から訪ねてきたという。 誤乗車の原因は、駅名の紛らわしさにあるようだ。「富士山」を駅名に使った鉄道駅は、富士山に一番近い駅として富士吉田駅から改称した富士急行「富士山駅」(山梨県)と、「富士山下駅」の二つしかなく、ともに富士山の最寄り駅をイメージさせる。